大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)2069号 判決

控訴人

島内隆一

右訴訟代理人

大深忠延

中村悟

被控訴人

團野こと

團堅興一

右訴訟代理人

山口周吉

主文

本件控訴及び控訴人の請求拡張部分はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人は昭和二六年六月一三日被控訴人よりその所有にかかる本件土地を、代金二八万一八六〇円で買受け、同年一〇月一三日までに金二七万四四二〇円を支払つたこと、控訴人は本件土地の引渡を受けたが、所有権移転登記は未済であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二不動産移転登記費用の登録免許税が弁済費用であること、控訴人と被控訴人間に右費用の弁済につき約定のなかつたことその負担者につき当事者間に約定がない場合慣習により決められること、買主(債権者)負担の慣習の存在が認められること等は次に付加するほか原判決理由二のとおりであるからこれを引用する。

1  民法四八五条は任意規定であるから、まず当事者の意思表示、慣習によつて弁済費用の負担者が決定され、約定も慣習もともになき場合に初めて同条項により債務者(売主)がこれを負担することを規定したものと解するのが相当である。

2  登録免許税の出捐分を債権者(買主)が負担するとの慣習があることは原審における鑑定人森保徳明の鑑定の結果により認められるほか、当審及び原審における控訴人本人尋問の結果によると同人は本件以外に不動産を購入した際にも登録免許税は買主が負担するとの慣習に従い同人においてこれを負担したことが認められる。

三控訴人は、登記の遷延は被控訴人の債務不履行に起因するもので、この間土地価格の上昇に伴い登録免許税も増大したから被控訴人がこれを負担すべきであると主張するのでこの点につき判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  控訴人は昭和二六年六月一三日被控訴人から本件不動産を代金二八万一八六〇円で買受ける旨の契約を締結し、同日内金一〇万円を支払つて、右土地の引渡を受け、更に同年七月七日内金一〇万円を支払い、残代金は同年一〇月一三日に支払うのと引換えに、所有権移転登記を経由する旨約した(同日所有権移転登記を経由する点を除き当事者間に争いがない)。そこで、控訴人は同日残代金を用意し登記のため司法書士事務所に赴いたのであるが、その際、右不動産に相続税の納税担保として、昭和一七年五月一八日、債権額一六万一〇〇円、存続期昭和一八年三月二五日から同二八年三月二五日までの一〇ケ年間とする大蔵省のための抵当権設定登記の存在していることを発見したので、控訴人、被控訴人は右抵当権が抹消された後、所有権移転登記手続をなすこととし、当日は、とりあえず残代金のうち七万四四二〇円を支払う、残金七、四四〇円は所有権移転登記と引換にその支払をすること、その日時は当事者協議の上定めることとし、被控訴人は当日右司法書士事務所で作成した売渡証書、委任状等を控訴人に交付した。しかし、控訴人はそのままでは不安であつたので、被控訴人に公正証書の作成方を申入れ、昭和二九年三月三〇日右約定を記載した公正証書が作成された。

(2)  右抵当権は昭和三四年六月四日、同年五月二〇日解除を原因として抹消せられたが、被控訴人はこの事実を控訴人に通知することもなく、控訴人も亦被控訴人に右事実を確め、あるいは所有権移転登記手続を求めることもなく放置していた(控訴人は原審および当審において、被控訴人に度々催告した旨供述するが、もし控訴人供述の如くであれば内容証明郵便で催告するなどするのが通例であるのにこれをしていないこと、その他その供述内容に照し、右供述は直ちに措信しえない)。

(3)  控訴人は前記の如く売買契約成立と同時に、本件不動産の引渡を受け、四、五年後にはこれを他に賃貸して、その使用をなし、全面的にこれを利用している。

(4)  昭和四四年四月、被控訴人の財産管理をしていた永家保不動産株式会社の従業員小竹穰が、控訴人の財産整理をなすべく、控訴人方に赴き、本件不動産売買の事実を確認したが、その際控訴人から右不動産の所有権移転登記をなすべきことを要望せられた。しかし、被控訴人は固定資産税の立替金の支払のほか、残代金のスライドを要望し、その応答をしないまま放置していた。控訴人においても前同様そのまま放置した(控訴人はこの点につき原審において催告をした旨の供述をするが、その供述内容からみて直ちに措信できない)。

(5)  昭和五一年一〇月控訴人からの連絡により、前記小竹穰と被控訴人の養子が控訴人方に赴き、固定資産税の立替金、その利息、売買残代金七、四四〇円のスライドした金額の支払を要求し、これと引換えに移転登記手続をなすべき旨申入れ、同月二九日控訴人はこれを承認し、その金額を合計二五〇万円と定め、同年一一月一〇日金一五〇万円、同年一二月一一日金一〇〇万円を支払うこととし、同日これと引換に所有権移転登記手続をすることとしたが、登録免許税が高額である等のため、控訴人において右登記に応ぜず現在に至つている。

(6)  右約定に際し、控訴人は登録免許税は自己において負担すべきものと観念し、公正証書が作成せられているから、これによつて算定されることを期待していた。

以上の事実が認められ、〈る。〉

右認定事実によると、控訴人と被控訴人間に、売買契約成立時、所有権移転登記の際、抵当権が抹消せられるべき旨の約定の存在していたことは認められず、従つて、右時点において、被控訴人が抵当権設定登記を存続させていたことはその責に帰すべきものということはできないが、少くとも抵当権を抹消した昭和三四年六月には、相当期間内に控訴人に対しその旨を申入れ、移転登記をなすべき日につき交渉をなすべきであつたのに、これをしなかつたもので、これをしなかつた点においてその責を免れないし、また昭和四四年においても残代金等のスライドを要求して所有権移転登記に応じなかつたものであり、被控訴人の責は免れないものというべきである。しかし、控訴人においても、抵当権の存続期間が昭和二八年三月二五日までであつたのであるから、控訴人としても、早晩右抵当権が前記約旨に従つて抹消せられるべきものと考えるべきであるのに、被控訴人にこれを問い正すこともなく、そのまま放置したものであり、昭和四四年時においても被控訴人の応答のないままこれを放置したものである。これらは、むしろ、公正証書が作成されている安心感と、控訴人が売買契約と同時に、目的不動産の引渡を受け、これを他に賃貸してこれを使用収益し、所有権移転登記を受けなくてもさしたる不都合もなかつたことに基因するものと推測されるところ、不動産の買受人たる控訴人としても、代金を支払い、目的不動産の引渡を受けながら、売主から移転登記を受けないまま放置しておくときは、固定資産税の賦課等、買主の不動産を売主の不動産と間違えられる等、むしろ、売主に迷惑を及ぼすものであることを考え、可及的速かに移転登記を受けるべく努力しなければならないものというべきであるのに、これを怠つたものであり、右遅滞には控訴人にもその責があるものというべきである。

また、前記認定事実と、〈証拠〉を総合すると、右の如く本件不動産の昭和二六年の売買代金は二八万一八六〇円であつたのに、地価の高騰により昭和五三年度の固定資産評価額は六四五三万八〇〇〇円となつているうえ、右物件は控訴人において引渡を受け、その利益を全面的に享受していること、登録免許税についても、昭和二六年当時は金一万四〇九三円であつたものが、昭和五二年からは三〇〇万円を超え、右金額は売買代金をはるかに超過するものであることが認められる。

叙上認定の、控訴人、被控訴人双方の過失の程度、その原因、その他前記認定の諸般の事情を考量するとき、公平の原則ないし信義則上、登録免許税の増額分、すなわち弁済費用の増大分を被控訴人に負担させることは相当でないものというべきである。

四以上のとおり控訴人の請求はその拡張部分をも含めこれを棄却するのが相当で、控訴人の控訴と拡張部分の請求とは理由がなく、いずれも棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき民訴法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(大野千里 岩川清 鳥飼英助)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例